はじめに

 

沖縄今帰仁村にある紅型工房ひがしやの道家良典と道家由利子と申します。

この度紅型工房ひがしやとフリーカメラマンokome.souさんで共同運営する企画 [花色 hanairu ]を立ち上げました。

 

 

私たちは着物や帯、琉球舞踊や組踊などの舞台衣装を制作しています。伝統を重んじる琉球舞踊や組踊で着る衣装は古典らしさが求められ、古典柄を多く染めてきました。古典らしさというものはすぐに身に付く物ではありません。今でも古典から学ぶことはとても多く、作れば作るほど古典の素晴らしさを実感しています。

 

踊り衣装(琉装)はデザインや寸法、地色、生地、たくさんのこだわりを舞踊家さんと話し合い、舞台の為に時間をかけて作ります。私たちが染めた衣装は、同じ伝統の世界で技を磨いた琉球舞踊家の方々が纏い、素晴らしい踊りとともに舞台で輝きます。 

 

 

紅型はこの島で育まれてきた色と形そのものだ、という言葉を沖縄文化を研究されている方の文献で知りました。太陽の強い沖縄では亜熱帯ならではの極彩色の花々が咲いています。どこまでも青い海、白い砂浜、荒れ狂う台風、島人の心。コントラストが強い環境で育った職人達の色使いも自ずと極彩色になっていったのだと思います。栄華を極めた琉球王国の時代から戦前、戦後。沢山の職人たちが「紅型」を繋いできました。琉装から和装へ、時代とともに色や形を変化させてきた琉球紅型はこの島の歴史そのものなのです。

 

しかし現在一般の方が沖縄で琉球紅型の衣装に触れる機会は限られています。国立劇場に観劇に行ったり博物館でガラス越しに本紅型の衣裳を見ることはできますが、ほとんど着る習慣がなくなってしまった琉装は子どもや若い世代は馴染みのない人がほとんどです。

 

そしてコスプレ感覚で手軽に楽しめるプリント紅型の琉装衣装が多く出回り、県内でも琉装といえばプリント紅型の琉装をイメージされる人が多いのが現状です。私たちはプリントを批判するつもりはなく、手軽に楽しめるプリント紅型の先にある本物の世界を知って欲しかったのです。

 

娘の3歳の祝い着として紅型の琉装衣装を作りました。娘の為だけに図案(デザイン)を考え、自分たちで栽培した琉球藍で水色に染めた特別な衣装です。 時間はかかりましたが本物の紅型を着た娘の姿を残す事ができました。そして小さい頃に触れる、纏う、という経験をさせてあげれる機会に繋がりました。

大人になった娘が見返して勇気をもらったり、その時に例え私たちがいなくても、側に感じて困難を乗り越えてくれたら良いなと思っています。 

 

琉球紅型の衣装を、この島で生まれた人、この島に惹かれた人、この島を愛する全ての人に着てもらいたい。

そんな場所があったら良いなと、ずっと思っていました。

 

 

衣装に関連してたくさんの方から嬉しい反響をいただいたことで「花色はないる」の企画に自信を持つことができました。本部町で着付けカメラマンをされているokome.souさんこと、あやかさんと出会いました。一生懸命にレンズを覗くあやかさんに私たちの思いや企画を提案し、「是非やりましょう」と言っていただけたことは本当に嬉しい瞬間でした。衣装製作にあたり長い時間がかかりましたが、今回ようやく「花色はないる」をスタートさせることが出来ました。しかしこれが始まりであって、これから先に続く大変な道の扉を開けてしまったように思います。

 

 

 

この島の育んだ色と形に誰もが身を包まれて、受け継いでいける琉球紅型であって欲しい。

 

 

 

 皆様に沖縄が育んだ手仕事のあたたかさを感じていただき、心に残るような特別な1枚をお届けできたら幸いです。

                                           

                                                  (文)紅型工房ひがしや